産後2か月、赤ちゃんとの日々を振り返って
産後から、できるだけ赤ちゃんの記録を残すようにしています。
使っているのは、ディスカバー21の「12年母子手帳 My Baby Book」という、子が12歳になるまで記録できる手帳。
写真や動画ももちろん大切ですが、あとから振り返ったときに、そのとき自分が何を感じ、考えていたのかまで思い出せるのは、やっぱり言葉だなと思います。
今回は、生後2か月ごろの娘との日々を、当時の記録を読み返しながら振り返ってみたいと思います。
ようやく始まった「外の世界」
1か月健診を過ぎて、少しずつお外にも出られるようになりました。
それだけで、私自身、視野がぐっと広がったような感覚がありました。
この時期、夫は出生届や保険などの手続きのために東京に戻っていて、ちょうど不在でした。
実家に帰ってはいたものの、両親はまだ働いているので、昼も夜も基本的には赤ちゃんとふたりきり。
静かな部屋で、授乳とおむつ替えを繰り返す毎日でした。
夏でそれなりに暑かったものの、だいぶ涼しくなってきた風に吹かれながら、茜色の明るい夕暮れの中を少しだけ散歩することがとても気持ちよかった。
ベビーカーの中ではすやすやと眠ってくれるわが子を見て、私の気持ちも少し軽くなっていたのを覚えています。
娘はどんどん「むちむち」してきて、とにかく可愛い。
目がしっかり開いてきて、「ちゃんと目が合っている」という感覚が、はっきりと分かるようになってきました。
ときどき見せてくれる、ふっと力の抜けたような笑顔が、すべての疲れを一瞬で吹き飛ばしてくれました。
少しずつ戻ってくる、わたしの日常
わたし自身の体調もだいぶ回復してきて、赤ちゃんを連れて友だちとランチをしたり、家に遊びに来てもらったりする余裕が出てきました。
友だちに抱っこしてもらう娘を眺めながら、「ああ、本当に産んだんだな」と実感して、胸がいっぱいになる。
自分以外の誰かが、こんなにも大切に赤ちゃんを抱いてくれることが、ただただありがたくて。
産後はどうしても視野が狭くなりがちですが、こうした時間が、少しずつ心を外の世界につないでくれていたように思います。
……とはいえ、外出は毎回どきどきでした。
というのも、とにかくうんちをめちゃくちゃ漏らす時期だったからです。
「これが外出中に起こったらどうしよう」という不安が、頭の片隅から一度も消えませんでした。
東京から友人夫妻が遊びに来てくれたとき、念のためおむつを10枚も持って外出したのに、すべて使い切ってしまったこともあります。
あのときは本当に、どうしようかと思いました。
夜に本気を出す、食いしん坊ベビー
相変わらず、娘は夜型。
とにかく夜になるとスイッチが入り、しかもものすごく食いしん坊。
夜の食欲が半端なく、飲んでは吐く、飲んでは吐く、を繰り返します。
何度、夜中に大量のうんちを噴射したことでしょう。
あのとき使っていた授乳枕は、たぶんもう第二子では使えないと思います(もちろん、きれいに洗いましたが)。
ちょうど実家に帰ってきていた弟と妹が、何度も掃除を手伝ってくれたのも、今となっては笑い話です。
噴水のように吐き戻す娘を見ては、何度も肝を冷やしました。
ネットで調べると「噴水のように吐く場合は病院へ」と書いてあって、心配はどんどん膨らみます。
ちょうど2か月健診で相談したところ、「元気だし、食欲もあるし大丈夫ですよ。よくあることです」とあっさり言われて、
産婦人科の看護師さんたちにとって、こうした光景が日常茶飯事なのだということに、逆に驚いてしまいました。
このころ、すべてのことが本当に心配で、自分の対応のひとつひとつがちゃんとできているのか不安で、2ヶ月健診のとき、病院で、看護師さんの前で泣いてしまったことを覚えています。
対応して下さった看護師さんは、ご自身が子育て中の方も多くいらっしゃって、きっと皆さんにとってはなんて事のない、取るに足らない理由で私は泣いていたんだと思いますが、
とても親切に、親身に話を聞いていただき、気持ちが軽くなって、背中を押してもらえたことに心から感謝しています。
心配性がMAXになる2か月目
とにかく、何でも心配な時期でした。
寝不足も重なり、メンタルは不安定。心配性がMAXの状態です。
それでも娘は、こちらの心配をよそに、ぐんぐん成長していきました。
2か月で、身長は生まれたときから+10cm、体重はほぼ2倍。
2か月健診では、「成長がとてもいいから、もう母乳だけでも十分だと思いますよ」と言われました。
でも、娘はどう見ても足りていない様子で、結局、母乳8:ミルク2の混合育児を続けることにしました。
育児には「正解」がなく、目の前の赤ちゃんを見て判断するしかない。
そのことを、少しずつ体で理解していった時期だったように思います。
できることが、少しずつ増えていく
首も、ほんの少しずつすわってきました。
起きている時間が長くなり、家族を一生懸命目で追うようになります。
声のバリエーションも増え、あやすと笑うようになりました。
そして、自分の左手をじーーーっと見つめるように。
タオルケットや自分の服を掴んで、口元に持っていけるくらい、握力もついてきました。
このころから、夜はまとまって寝てくれるようになり、母の体力もだいぶ回復しました。
だいたい8時間、長いと10時間くらい眠ってくれる日もあり、母である私自身が人間らしい生活を取り戻した時期でした。
少し遅めのお宮参り
お宮参りは、生後2か月半ごろに行いました。
めちゃくちゃ泣き虫な娘なので、このタイミングで正解だったと思っています。
ほかの赤ちゃんたちは、やはり生後1か月くらいで来ている子が多く、
(なぜなら、うちの子がダントツで大きかったからです)
みんなほとんど泣かず、すやすや眠っていてびっくりしました。
ご祈祷中、娘はなんとか耐えてくれましたが、同じことを生後1か月でできたとは、とても思えません。
私の祖父母も一緒に参加してくれましたが、自分の結婚式だけでなく、まさかひ孫にも会わせることができるとは… 長生きしてくれて本当に良かったです。
この先へ続く、怒涛の日々
そんな中、夫から届いた「海外移住決定」の知らせ。
11月からドイツで新しい仕事が始まるので、その前に引っ越すことになる、とのことでした。
移住については前々から話してはいましたが、決まるのが思ったより早く、正直かなり焦りました。
娘の予防接種、パスポートの取得、各種手続き……。
東京に戻った瞬間から、やらなければならないことが一気に押し寄せてきます。
娘が3か月になるころ、夫が実家に迎えに来てくれて、少しだけ実家で時間を過ごしたあと、家族3人で東京へ。
そこから一気に、怒涛の移住準備が始まりました。
このあたりの話は、また別の記事にまとめたいと思います。
おわりに
2か月の頃は、毎日が必死で、正直「尊い」とか「かけがえのない時間」とか、そう言われることは分かっていても、そこまで考える余裕はあまりありませんでした。
でも今振り返ると、確かにここには、忘れたくない日々が詰まっています。
心配と不安と寝不足でいっぱいだったけれど、それでも確かに、少しずつ母になっていく時間でした。
この記録が、いつかの自分や、同じように育児の渦中にいる誰かにとって、「ひとりじゃない」と思えるきっかけになればうれしいです。🌱
